2007年6月25日月曜日

Brainwashing,Tokyo


一頃、カルト教団の信者達が引き起こす問題が議論される中でマインドコントロールに付いて語られていた。
マインドコントロールやもっと激しい外的刺激などによる洗脳はとても恐ろしい事で一般的な生活のスタイルの中に居る限り関係ないと思いがちである。だが本当にそうだろうか?60年代頃は毎日シャンプーで髪を洗う人はそう多くは無かった、人が普通に生活する中で生じる匂いを気にして家中に消臭剤を撒いたりしなかった、豆腐はドンブリで買いに行き、家に風呂が無い人も多く銭湯は当たり前の事だった、そしてそれらに何の問題も不都合も無かった筈だ。いつの間にか僕達は昨日まで青空の見えていたこの世界が明日コンクリートに覆われてしまえば、青空の事を只の思い出にしてしまう。テレビや雑誌の広告のお陰で昨日まで気にもしなかった事が心配になってしまう。洗脳やマインドコントロールは身近に在って僕達の明日を捻じ曲げてしまうかも知れない。

We are so good at forgetting the past. Just recently, the mainroad next to my apartment was covered by overhead highway. Before the construction, I was quite concerned of how the sky will be minimized, which is already minimal amid high business buildings. But now that the site is almost completed, the new scene seems old. It’s hard to remember how big the sky was.

2007年6月24日日曜日

Gilbert & George,München


嘗て、ギルバート&ジョージはパフォーミングアーツ・コンテンポラリーアーツのヒーローの一人だった。
あの頃は、ウォーホールのオリジナルだって30万円で買える物が在った。
現代美術を取り巻く環境は、コマーシャリズムと、より密接に絡み合うようになり、反社会的棘を見せないコマーシャリズムに受け入れられやすい(グッズなんかになってね)作家や作品が幅を利かせている。
商業主義に対する、現代社会に対するテーゼは現代美術の表舞台から鳴りを潜め、緩い時代感覚を象徴するような作家ばかりが、あらゆる表現の主流になり、マーケットばかりが加熱する今のアートシーンはチョット退屈だ。
高潔なる作家なんて、古典、コンテンポラリー問わず時代遅れなのかも知れない。
勿論、アートのコマーシャル化の先鞭を付けたリキテンシュタインやウォーホール、G&Jが高潔だなんて思ってい無い。
クリストみたいなスケールの大きなインスタレーションをする作家も少ないし・・・・・・・・

2007年6月23日土曜日

Tent,Namibia


ナミビアの砂丘を望む荒地の中に建つ小さなテントが僕と妻の唯一のシェルターだった。
そこから、人間の居る最も近い場所でさえ15キロは離れており見渡す限り何も無かった(赤い砂丘以外は!)
勿論、電気も水道も無い、タンクの水だけだ。日中の暑さ、夜間の寒さ、とにかく僕と妻は二人っきりだった。
あの時の事を振り返り妻が言うには「あの時ほど、生きている事の充実感と幸福感に満たされた事は無かった」そうだ。
こんな事を書くと「こいつらは普段からさぞや悲惨な生活をしているからこそ、そんな風に思うのだ」と誹りを受けるかもしれない。
広大なアフリカの台地に小さく見えるテントは余りにも脆弱で頼りなく見えるかも知れないが、豪華なホテルのサンデッキには無い充実感が在るのは確かで、それは行かなければ分からないかも知れない。

Days spent in a tent in a middle of savanna were the most precious time of my life. I felt most fulfilled while I was washing my shirts in a total silence of desert landscape after the quick breakfast. It’s hard to explain why, but at that moment, I felt I was living to just to live. For the first time in my life, I was free of self consciousness. I was so happy to be alive and tears covered my face.

2007年6月22日金曜日

Midsummer day ,Quiron


とうとう夏至がやって来た。
梅雨入り宣言したのもつかの間だが、これから少しずつ日が短くなってゆくかと思うと夏の夜を楽しめるのも今のうちと焦ってしまう。
只、夕涼みに近所を散歩したり、ソフトクリームを片手に公園のベンチで夜風に吹かれたりするだけなんだが、夏の夜はなぜにこんなに浮き浮きするのだろう。
楽しくもあり、妖しくもある妖精の集う夏の夜、子供達は気配を感じてはしゃぎ回るのだろう。

The summer solstice has arrived. From this day, days will get shorter and shorter till the winter solstice. I’ve got to be more greedy to enjoy summer walks while the night breeze is still warm. Animal instinct is on the way!

2007年6月21日木曜日

Le Grand Bleu,Isola di Capri


僕は取り立てたマリンスポーツは何もしない。
ダイビング、ジェットスキー、ヨット、サーフィン何も。
ハードコアなサーファーやヨットマンには敬意を感じているが、少年時代のYMCAキャンプ以来僕には機会が無い。
でも、海は本当に大好きだ。静かな海に身を浸すとき僕はとても大きな何かの一部である事を実感する。
身を委ね、波に打たれ風に吹かれる。そして海の中は静寂が支配している。

都会の生活はあまりにも忙しない。休日であっても心休まる事は無い。夏の海も同様だが、僕は静かなお気に入りの浜辺を必ず訪れて海の静寂を満喫している。

かの映画のモデルとなったジャック・マイヨールは2001年12月イタリア半島中西部に位置するエルバ島で自ら命を絶ったそうである。

Today, I swam an hour in a pool. It’s a bit disappointing that it wasn’t a swim in the ocean, but it was enough to feel like a fish. It’s interesting that after a quarter of an hour, the body starts to live in water that I no longer think of breathing as a walk on a land. Then the body starts to forget that I was doing the “swimming”. Then I realized, synchronized swimmers are not swimming but really dancing as we tap and circle the floor. They are dancing in water.

2007年6月20日水曜日

Food chain,Kamikouchi


食物連鎖を学校で習ったのは何時の事だろう?恐らく、小学生の時だと思う。
連鎖は、動物と植物の間で酸素と二酸化炭素の交換としても行われているし、大気中の成分のバランスは大地と海の間でも連鎖しているらしい。
特定の生物が過剰に増えたり移動が活発化すると生態系が壊れて・・・・・・
毎日ニュースで報じられる様な話題は連鎖で僕達に繋がっている。
政治家や経済界が求める右肩上がりの経済成長、景気浮揚の連鎖は何処に繋がっているのだろう?

We all learnt in school that we, animals, plants, human and etc., are all a part of food chain that none can out grow and win all by itself. So why do we, the modern capitalism worshippers, still believe and hope for the everlasting economic growth?

2007年6月19日火曜日

After school,La Habana


自慢じゃないけど、僕の少年時代だってテレビゲームはあったよ!
ブロック崩し、インベーダー、その他は野球盤とかモノポリー、人生ゲーム、オセロなんかも流行った。
だけど、放課後、部屋に籠って遊ぶ事はそんなに多くはなかった。だって、直ぐ飽きちゃうし。
やっぱり、外でワンパクの限りを尽くして、土手から落ちたり、塀に登ったりするのが楽しかった。
今時の子供たちは、ゲームなんかで飽きないのかなと不思議に思っていた。
考えれば判るけど、大人達が莫大なお金を掛けて子供が中毒になる様な仕掛けを組み入れた商品なのだ、夢中になる様に作られているんだ。そして、「それは良くないから外で遊んだら」なんてたしなめるのも大人だ。
結局、今の子供は金儲けの為のご都合主義の中で壊れてしまうんだよね。

Habana city is alltogether a theatre stage. Everywhere you go to, live cinema starts in front of your eyes. It will start with a boy bouncing a ball against a wall, or an oldman sitting infront of his apartment selling some cigars, or a stunning beauty dancing in hands with a young boy on a street. The city is a total cinematheque.

2007年6月18日月曜日

A picnic,Toredo


昨日の夕食は本当に小さな狭い自宅のアパートのバルコニーで食べた。
優雅でも何でもないんだけれど、黄昏れる町並みを見下ろしながらとても良い気分だった。
屋根の下を出て、空の下で食べる食事は格別だ、弁当だろうが、おむすび、サンドイッチだろうが。
僕はいわゆるグルメではない、でも食べる事を何時も楽しんでいる、それはチョット場所を変えてみたり、初めての料理に挑戦したり。でも一番肝心な事は誰と食べるかなんだろうな。

I planted some trees at my office patio, today. It is amazing how they instantly turn the tasteless man-made space into a natural scenery. Sitting at my chair, it is a real pleasure to gaze at breeze running through thick leaves in a moment of desk work.

2007年6月17日日曜日

Global warming,British Columbia



豆腐屋さんが自転車でやって来るとドンブリやボールを持って豆腐を買ったものだ。
八百屋と言えば新聞紙の袋と決まっていた。牛乳箱に毎朝、瓶詰めの牛乳が配達されて空瓶を回収してくれた。
ビールやコーラだって瓶を返せば預かり金を返してくれた。毎日の買い物に自動車で出かけるなんて人は居なくて、お金持ちの友達の家ではお手伝いさんが買い物に歩いて行っていた。
子供同士で電話で話す事なんて無かった、毎朝学校で会った時に昨日のテレビの話で盛り上がったもの。

今、毎週僕の家のゴミ箱に溜まる不燃ゴミの量は驚くべき物だ。こんなに必要の無い物にお金を支払ってしまったと思うと情けなくなり、又罪悪感に苛まれる。

何で昔に戻れないのか?不合理な矛盾に満ちたショートサーキットした社会と人の心が変わらなければ。
ほんの20〜30年前の事だけど、その頃はそんなに不便で不幸な社会だったと僕には思えない。

Every day, we watch news on global warming and how we are influencing the environment globally, but it is so irritating that most of them do not explain what each one of us can do to make this situation better. What we hear each day is how the Himalaya is melting and how water level is rising in Tubalu, but they are only explaining the outcome and not the cause. It’s easy to know what we can do to save the earth if only we sit and truly think about it…and simply change the way we live each day. Are we all short of time to simply think about it amidth busy money making life cycle?

2007年6月16日土曜日

American,Manhattan



昔は、欧米人(とりわけ白色系の)を見かけると「あなた、アメリカ人でしょ!ハウデュドゥ・・・」なんて話しかけて呆れられたと言う話が多かった。
今は、都内盛り場でもユーロ高のせいかフランス語で話す観光客も多いし、誰彼構わずアメリカ人なんて思う人は少ない筈だ。
国際政治の中で多くの批判を浴びているアメリカだけど、色々な地域を旅して思う事は「アメリカ人、一人一人は本当にフレンドリーで親切な人が多い」と言う事だ。
ヴィムベンダースの「ランド・オブ・プレンティー」と言う映画を見て、旅先で(アメリカ以外でも)出会ったアメリカ人の気さくな人柄や、受けた親切を思い出した。

アメリカは何処へ行くのか?アメリカの素朴な良心が再び光り輝く事を願っている!

2007年6月15日金曜日

In-flight meal,India



デパートで全国駅弁祭りみたいなイベントを催している事がある。
大抵、大変な盛り上がりで人出も凄い。
僕自身各地の名産品が入った弁当に興奮せざるを得ないが、考えように因っては在り来たりの名物料理が箱詰めになった物とも思える。
弁当の喜びとは何処から来るのだろうか。それはやっぱり『開けてビックリ!玉手箱』みたいな期待感と両手に収まる可愛らしさ。(ドカベンでさえ!)
それは、食いしん坊の妻にとっては宝石箱の様に思えるらしい!

Train meals in Japan are so enjoyable that you get to meet wonders of local foods once you open a small bento box. But I never thought it is so in flight meals. They usually ask for the same “beef or chicken?” or “chicken or fish?” questions and I found no surprises…till I traveled to India. Indian flights are so full of spices that you get to meet strong characteristics which are rare to find in this unitary globalized world.

2007年6月14日木曜日

Endless Summer,Heisaura



東京もとうとう梅雨入りしたようだ。少年・佐藤勝治にとっては気象庁の梅雨明け宣言がお正月より待ち焦がれる事だった。水泳の授業が楽しみで、本当は雨が降っても泳ぎたかった。西瓜がとにかく大好きで、1個丸々独り占めするのが夢だった。そんな僕は大学生になっても何だか真っ黒に灼けて日本人離れした姿で夏を過ごしていた。
今でも梅雨が明けるのを待ち焦がれる気持ちは変わらない。西瓜を独り占めしたい気持ちも変わらない。
終わりなき夏だ!

When I was a kid, summer vacation was truly an endless paradise. Sitting idly at my grandmother’s balcony with slices of watermelon, my sister and I used to spend hot sweaty summer hours as if it would never end. Then I suddenly realized summer is the shortest season when I started to work full time. I was quite shocked to realize that I never got sweaty because my body felt the sun only during the short lunch break. From then, I decided to seriously chase the blink of summer. Tank tops and short pants are my dear friends despite this rainy season.

2007年6月13日水曜日

Fisherman,Thailand


にこやかな笑顔で微笑みかける漁師達の今日の収穫はどれほどの物だったのだろう?
細々とさえ見える漁の手法だが彼らの充実した笑顔は生活の豊かさのもう一つの基準を示しているのかも知れない。
海の幸も山の幸も全部取ってしまったら、次からは取れなくなってしまう。必要な分だけ取って残す事が未来をつなげる自然の営みだ。自然が何処まで僕達を許してくれるかは判らない。
只、肥満だ、現代病だと悩む現代人が、必要以上の収穫をしているのは明白な事だ!

I want to live just only to hunt and grow what I need to eat. People, isn’t this modern life too plenty to handle?

2007年6月12日火曜日

Desolate shore,Nice


ニースの海岸を訪れたのは初夏を感じさせる春の日和だった。
トップレスで日光浴するお姉さん、マッチョなお兄さんの直ぐ脇で革のジャケットに破れたジーンズ姿の僕は完全に浮いていた。カメラを持った不審者に見られていたかも知れない。
美しい海岸からは空港に発着するコンコルドの姿も見えた。
フェラーリでパリとの間を行き来するビジネスマンや、高級ホテルに集う金持ちたち、黒服が出迎える高級レストラン。
あまりにも場違いだと感じた僕は、黄昏時の海岸に再び戻って来た。ここなら、金持ちも貧乏人もありゃしないと思ったのだ。
ところが、海岸は熱々のカップルだらけで、僕はいたたまれない気持ちで狭いホテルの部屋に戻る事となった。

I just learned to bake the traditional French tart with fresh pears, tarte aux pore. It’s interesting to learn that sweets have their own history and culture back ground as I fell in love with the taste of almond cream filling. I used to think western sweets are all modern sweets, as they are new in Japanese food culture, but it becomes more tasty as I get to know this delicious almond cream filling has been enjoyed by centuries in France as anko (sweet beans curd) has in Japan.

2007年6月11日月曜日

An egoist named Architect,Sri Lanka


アーティストとはジャンルを限らずわがままと相場は決まっている。
その中でもとりわけ建築家とは本当にわがままなエゴイストだと思う。
歴史に名を残す様な建築物は決まって非常識な建築家のわがままに支えられていると言っても過言ではない。
私自身、建築家と一緒に仕事をして思うのは、「よくこうゆう事を人にやれと言えるな」と驚き、そしてアンバランスがバランスした物の中で放つ光の美しさだ。

Architects are egoists. No offense to them, but I just feel that they’ve got to be somewhat egoistic in order to create their dream buildings. This is so for any types of artists, but what is more special in architects is that architectures require money. I mean, a lot of money. They’ve got to be egoistic enough to collect money and attract people with its egoistic charm.

2007年6月10日日曜日

Buried in water,Venezia Santa Lucia



子供の頃、スーパージェッターやパーマンが使っていた小型の無線機に憧れた。
今の子はどうだか知らないが、トランシーバーは最も人気のあるおもちゃだったんだ。
大人になった僕の携帯電話はおもちゃのトランシーバーより遥かに小さくてどんなに遠くても通じるんだ。

でも、スーパージェッターは無線機でゲームをしたりテレビを観たりはしなかった。子供の頃見た夢が叶うのは嬉しいのだが余計なおまけ迄付けて金儲けされてしまうと急に醒めてしまう。

そこで何でベネチアかと言うと、(こじつけじゃない!)この無駄なオマケが要らない事に気が付かなければ美しいベネチアは水没してしまうかも!という事を言いたかったのです。

2007年6月9日土曜日

Food, clothing and shelter,Amazon


人間、衣食足りて礼節を知る等と言うけれど、本当だろうか?
衣食住が、充分足りたとは何処で満足すべきだろう?
世界の或る地域なら、靴を履いているだけでも豊かな方という所も有る。
東京郊外のショッピングセンターに週末出かけてみると、駐車場はヨーロッパ製の高級車ばかりが停まっている。
そうすると、借家に住んで自家用車を所有しない生活は豊かではないと言う事だろうか?
私の仕事場から程近い松涛という場所には、城壁の様な壁に囲まれた豪邸が豊と権力を誇示するように立ち並んでいるが、そこから下がって何処までが豊かであると満足すべき在り様なのだろうか?
それは、勿論各々が決める(或いは感じる)事で、他人に惑わされない様注意しなければ、一生満足する豊かさなど手に入らず、礼節に心を傾ける余裕も生まれないかもしれないと危惧する。
豊かさ、幸福感、それを一口で言う事は出来ない。しかし、アマゾン川のほとりであり付いた絞めたばかりの鳥と、釣った魚のご馳走は満足すべき豊かさとは何か教えてくれたように思う。

There was a TV program on self-sufficient families, last night. They not only grow food of their own, but they also produce energy from sun, wind and excretions. One young lady who became a wife of the family member said, “I wanted to live here because I didn’t want to sell my life for money.” I totally agree. Their way of life is my dream.

2007年6月8日金曜日

I grow old,Toledo


学生の頃は、「年寄りは古い因習の中で育ってきたから、あんなつまらない物を有り難がるのだ」等と不遜な事を思っていた。庭いじりとか、根菜ばかり多い日本食とか、寺巡りだとか、饅頭だとか・・・・・・。ところがいつの間にか、意図せず年寄りが食べる様な物ばかり食べている、植木や切花等がとても気になる、和菓子が在り難い、静かな寺社仏閣等が好きだとなっていた。そして、テレビから流れるけたたましい歌謡曲に「今の子供はコレの何処が良いと感じるのだろう?」等と考えている。好い加減な物だ好みなど!とにかく今を生きる、今感じる気持を生きる事しか出来ないのだ!

People change…and I do, too. Lately, I’ve been thinking how calm my life has become compared with the one in twenties. I used to think I would be wasting my life without staying up late (and sleeping in daytime), without dating many partners (and not knowing the loved one), and without eating delicacy (and not knowing how to cook). Things change, but I love my life now.

2007年6月7日木曜日

Walking on Sky,Komaba


TVのニュースショーで10代自殺者の増加を取り上げていた。
タレントが「人生楽しい事ばかりじゃない!苦しい事の合間に楽しい事がたまに有るのよ!皆頑張って!苦しくたって自殺は駄目!」と訴えていた。
そう!自殺は駄目!絶対駄目!!
でも、苦しいから辛いから自殺する子が増えているのかな?辛さや苦しさに耐えるだけの目標が無いから自殺するんじゃないかな?何かに耐えるには耐える理由が要ると思う。それを社会や家庭が示せないのが原因じゃないかな?
子供の目はある種純粋だから、資本主義の原理に踊らされて本質的理想を見失った親や大人の姿から耐えるだけの価値を見つけ出せないのじゃないかな?
大人たちが、何処に向かって歩くべきか、そのためになすべき事、耐えるべき事、何も解らず何処にも足が着いていないそんな子供を作り出しているんじゃないか。

2007年6月5日火曜日

Taste of Momma,India



みそ汁の味が家ごとに違う様に、同じ様な料理でもチョットした地域の違いで随分と違うものだ。
中央以北のインドではマサラドーサと言うとベジタリアンカレーに巨大だがとても薄く焼いたドーサが三角に折られて出てくる。
ある南部の町でマサラドーサと注文すると卵の入ったチキンカレーがドーサとイドリーの中間の様な物と一緒に出された。これは久々に食する肉の味で素朴ながらとても美味しかった。
ご存知の様にカースト上位の人は肉を口にしない、この事から判る事だがインド南部の複雑な事情が結果この美味しいチキンカレーを産み出している事はとても皮肉だ。

In Italy, the taste of momma should be her pasta. In India, the taste of momma is definitely her curry. They are just like miso soup in Japan that each family has special taste of its own which is originated in its local food culture. My favorite was the Southern Indian Curry. They are full of vegetables with tasty chicken in light soup. Yummy…Momma!

2007年6月4日月曜日

Remote place,Great Barrier Reef


国内外に関わらず、色々な地域を訪ねるとその自然環境に即した交通手段が色々とあって面白い。
ホバークラフトや水中翼船、ヘリコプターや小型セスナ、水上飛行機、アマゾン川流域ではうねった大河をショートカット出来るカヌーの様な高速船を使った、砂漠を進む特殊なトレーラーも他では見た事の無い乗り物だった。
そこで思う事は、都市生活で考える移動の安全性等殆どの地域では成り立たないという事だ。
不幸にも、穂高山荘でヘリコプターが事故を起こしてしまった。パイロットや運行会社に対する捜査がされると思うが、もともと山岳飛行をするヘリコプター等は、大変な危険の上で運用されている。危険な任務を請け負っている彼らに、都市上空を飛行するのと同じ法例を押し付けていいものだろうか?
山頂近くの山荘に物資の上げ下げをするのにヘリコプターは必須である、重ねて言うがそしてとても危険な仕事である、それにも関わらず山小屋で供される食料等の物資はその価値に比して安いと思う。決して事故を起こさない様にと考えるなら飛行しないそれしか無い現実を都会でしか生活しない人は理解出来るだろうか。
I have a doubt about the “great eco-solution” of ethanol energy. It’s great that people have finally become serious about searching for different energy source rather than burning natural oil, yet, why do we so quickly jump onto ethanol before carefully examining its effects. It is obvious that when we start to produce energy from corn and flower and such, we will soon be fighting over to win massive farm land by cutting down already small forests. Isn’t it time to stop and reexamine what is wrong with the way we live on earth?

2007年6月3日日曜日

Scientific dreams,München


私の仕事場の直ぐ近くには或る大学の先端化学技術センターと言う巨大なラボがある。
一年おきにオープンハウスと言うイベントが実施され、私のような部外者にも内部が公開される。
このイベントが大好きで時間を作って行って見るのだが本当に楽しいのだ。
色々なジャンルの研究者達が対面で研究課題の解説をしてくれる、その熱意が楽しい、そして未来と言う70年代には良く語られた夢が此処には生きている事を感じる。私には難解過ぎるテーマばかりだがその熱意を感じる語り口にスポーツマンの清清しさを感じ、理解不能な機器に満たされたラボが競技場のように思えた。
科学の夢、これは本当にロマンティックだ!

Visiting the Open House of Science at the Tokyo University is my annual joy. I always find some shock on how fast science is developing in this world. This year, the most interesting event took place at electric car lab. According to a Chinese exchange student, recent electric cars have no barrier between robots. They are self-programmed and are run by electricity. The future is close when we can ride on cars without steering wheel.

2007年6月2日土曜日

Remains city,อำเภอพระนครศรีอยุธยา



世界遺産ブームも在って、世界中に点在する遺跡都市の人気は大変な物だ。
遺跡都市がなぜ遺棄されたのか不明なケースもまま見られるが、大半は戦争によって荒廃し遺棄された後、廃墟化した物だと言う事が解る。
とどの詰まりが、戦争の果てに空しく横たわる遺跡と言う名の廃墟である事を歴史は静かに語るのだ。
にも拘らず戦争や紛争は無くならない。遺跡とも呼べない廃墟を永劫造り出すだけなのだ。
この歴史の繰り返しが断ち切られるのは何時なのだろうか。

When traveling, we often make visits to historic ruins. These sights are beautiful and often are stated as World Heritages for its significance. But when we realize the reason why they became historic ruins, it is almost fearful. They became ruins because of wars more than effects of natural disasters. What is not understandable is that we can not stop fighting to this day even seeing all these after effects of wars…

2007年6月1日金曜日

The sea of sand,Sossusvlei



旅のきっかけなんて何でも良い。考え方を柔軟に持てば面白くない所なんてどこにも無い。
ただ音楽やダンスを追いかける旅でも良いし、食べ物を食べて回る旅も楽しい(この結果、旅先で食べ過ぎにダウンを何度も経験した)、宗教を辿る事も知的好奇心を刺激する物だ。

Google Earthを眺めながらふとしたきっかけで、訪れた所も在る。
只、砂の海の果てを目指した時、砂丘の上からの景色を眺め、次は白い雪に埋もれた景色を求めて旅をしようと考えたりする。
家の周りを散歩するように世界中を旅出来れば素敵だと思う。

I still remember the shocking experience when I first used the Google Earth. I felt like an astronaut, watching the earth becoming nearer and nearer and finally seeing my home town and my house by birds point of view. One day, I was scrolling the mouse idly on the Google Earth and found what seemed to be a jewel in a sea. It was a small island located at the south of India, Sri Lanka. Nobody trusts me when I say I was swimming in that emerald sea the week after my idle search in the net.