2007年7月31日火曜日

Flat Tire,India



友人の結婚披露宴で新婦がその友人との結婚を決意した時のエピソードが披露された。
二人は周りの友人同僚に内緒でアメリカに自動車旅行に出かけたのだそうだが、旅の途中レンタカーのタイヤがパンクしてしまったのだそうだ。
そこで彼はおもむろにスペアタイヤをカーゴスペースより取り出して、ジャッキアップした車のパンクしたタイヤを交換した、そして旅は何事も無く続き多少面倒な災難だったと思うのみであったそうだ。
だが交換作業をする彼の背中を見守る彼女の心の中では大きな物が動いたらしい。
「こんな危機的状況を冷静に解決出来るこの人は一生付いて行くに相応しい人なんだわ!」と呟いたかどうかは知らないが、結婚を決意したそうだ。その話を聞いた悪友共は「俺だったら4本全部取り替えてやる」等とヤジをとばしていた。めでたしめでたし!!

Hardships often make a trip more memorable than just a comfortable sit & relax one. I can’t forget the kindness of Namibian family when they helped me out of getting stuck in the desert. Completely lost in a strange town, some Indian people guided me to a bus station, which became an unforgettable scene of the country. This is why I can’t stop making spontaneous trips.

2007年7月28日土曜日

Scudetto,Napoli


日本、PK戦の末敗れる 韓国が3位に決定
アジア杯の結果は本当に悲しかった・・・・。4位でシード落ちと言うのも勿論残念だけど、僕の悲しみの理由は他にある。
スポーツに限らずどんな勝負事も勝った者は誇らしく輝いていて、賞賛され美しく絵になる。僕達はそこに夢や希望を重ね合わせるんだ。
だけれども勝負は時の運と言う事もある。僕の望みは「負けて絵になる男に成れよ!」と言う事だ。
全力で戦った末敗れた者の後ろ姿に、勝者の輝き以上の感動を僕はしばしば感じるのだ。
負けて絵になる男に成るのは本当に並大抵の事じゃない、だけどそんな時こそ僕は心のヒーロー像を感じるんだ!

Watching a Japanese soccer player cry on a ground by losing PK was such an effeminate image. When they still have a slight chance in participating the next World Cup, it was no time nor place to show tears while fans still have a strong belief in the team. Losing a game is always bitter, yet it must be the time to show strength. I’m no strong supporter of the old LDP, but it was a noble speech after Katayama faced a defeat on upper class the Upper Class election. His appearace and words were enough to demonstrate his strength as a politician. It is no time for tears, boys!

2007年7月23日月曜日

What is Safe food,India



こんな無責任なブログで堅い話題は困った物だと愚痴りながら、ミートホープ事件に関して思う事が在る。
先ずこの事件は詐欺性を持った悪質な事件で決して社会的に容認される物では無いのだが、消費の構造にも問題が在るのは確かだと思う。実は、この挽肉と言う商品は、一般消費者の潔癖な女性が製造工程を見たら買いたく無くなる様な物もまま在って、色が変わってしまう、水が大量に出る、非常に白っぽい等を経験した方も多いと思う。
昔から肉屋はインチキだ等と言う人も多く不明瞭な部分がとても多いのだが、本来肉や魚、野菜等は工業製品の様に安定的な品質や価格の調整が困難な物なのだ。
嘘をついて豚肉を牛肉に偽装するのは犯罪だが、今回の問題から消費者が考えを改める部分も在ると思う。
とにかく安価に食品を工業製品の様に生産し供給する事の歪みの一つが現れたと言えないだろうか?
先ず、安い物という消費者判断が、「高級品ではないが良質な食品」の生産者の減少を招く。
営業計画ありきの生産性とコストのみ重視される製品の開発、広告戦略にて商品の付加的価値を加える。
安いし楽なので沢山買いますよね、冷凍食品のセール等主婦が殺到してますよね、そして太ったとか、メタボリックだとか愚痴っていますよね。残飯や痛んでしまった食品を捨ててますよね?無理して食べて太ったら返って高く付くとか言って!

因みに写真の品は新聞紙などに包まれて売られるインドのキャンディー!僕の好物!

It is said that safety of food is under its crisis in Japan. Imported or domestic, many of them are contaminated by chemicals and some are mixed with foreign objects that are not informed on labels. No excuses for those fraud, but some of the causes are rooted in the system of mass production of food in this overwhelming capitalism. As people demand for cheaper food at any time and anywhere, it is no wonder that somebody starts to cheat. When one learns how much work is put into the whole cycle of food making, planting seeds for bakery or hunting wild pigs for smoked ham, etc., the abundance of food in markets and restaurants seems to be a miracle. And, there is no miracle, as we know if we really think about it.

2007年7月21日土曜日

Agave attenuata,Tokyo



植物に対しての興味と言えば食べる事ぐらいで、庭いじりしている亡父の背中を冷ややかに見ていたものだ。
それがどう言う訳か最近、植物が面白くなって来てしまった。
もの言わぬ植物の長大な生命の物語を思うと気が遠くなる。然し乍ら一日一日と生きる様は私達と変わらないとも言える。ペット嫌い(動物は好きだ、ペットブームが大嫌い)な僕がこんな事を言うと都合のいい好みをセンチメンタルに言っていると非難されかねないが、理屈ぬきに僕の仕事場には植物の鉢が増えている。
以前、或る有名な盆栽収集家にお目に掛かった折り、若い僕に向かって「私は是等の盆栽を一時期預かっているに過ぎない、私の人生の長さに収まらない文化なのだから」と仰った。
そこに壮大なロマンが有るのは確かだ。

Tiny ficus retusa is growing in a Japanese pottery. Giant agave welcomes guests at my studio. Never till I began growing plants myself, did I ever identified each precious growth of those living things. Any plant was just another “one of them” and I did not care whether it was a ficus or succulent. Just when I made a visit to my mother’s, I realized a ficus retusa sitting beside a washbowl and acclaimed it to be a very beautiful one. But what was a real shock for her and myself was that I had not realized “its” existence for the last seven years! One can be so blind when there is no heart into it.

2007年7月18日水曜日

Which isTerrorist nation?,Cuba


アメリカより長らくテロ支援国家、テロ国家と非難されるキューバ。そして独裁者と言われるフェデル・カストロ。国交を断絶し、自国民の渡航を禁止し、経済制裁を続けるアメリカ。
そしてグアンタナモ基地の問題。この如何なる国の法律も及ばない閉ざされた基地の周辺はキューバの一般地図上には何も記されない空白地帯となっているが、ゲートの向こうの地雷原にアメリカの公に出来ない恥部が潜んでいるのは明白だ。
僕はジャーナリストではないが、キューバを訪ね、地雷原を閉ざすゲートの前まで行ってみた、ハバナ郊外の集合住宅に暮らす一般庶民の家にも上げてもらった。キューバは教育レベルがとても高いため上昇志向の強い若者は富を求めて亡命を試みる者もいるが、殆どのキューバ人はキャピタリズムの問題を理解した上で今のカストロ体制を支持しているように思う。殆どの中南米の国で起きる教育や医療の問題をキューバは克服しているのだ。
アメリカでさえ克服出来ないこの問題(ハリケーンであらわになった、ルイジアナの問題、昨年ルイジアナを訪れた時未だに救済されない貧困層の問題を痛感した)

キューバ革命以降キューバが他国に侵攻したという話は無いが、アメリカの軍事活動や暗殺活動は止む事が無い。真のテロ国家とはどの国かお判りだろうか?


キューバ参考リンク

Visiting Cuba makes you wonder why the American government openly disgraces the nation as one of the terrorist nations. By talking to some Cubans, it is easy to understand that the nation offers adequate liberal education for all. Some of course opposes Castro’s socialism policies (as there are always some that opposes its own policies), yet many of them approves the government by understanding the pros and cons of both capitalism and socialism society. It’s true that people are not “free” as in other nations, yet is it really so bad to be called as a terrorist nation? If not wrong, Cuba has not been attacking other nations for the last couple of decades.

2007年7月15日日曜日

Crop,Stuttgart


お金が存在しなかった太古の昔は、自分や家族、集落の者同士で食べ物も、着る物も、住む事も解決していた筈だ。
物々交換が基本で、生きていく上で必要な物は手に入れるしかなかったと思う。
お金は便利な物で、腐らず、嵩張らず、必要に応じた物に交換できる(つまり買うと言う事)。
でも、これが不幸の始まりだったのだ。食べ物等の収穫は沢山採れ過ぎても無駄になるし保存も困る。
本来、生活に必要な全ての物には、必然最適な量や有り様が在って「充分」という判断が働く物だ。
ところが、数字のみと成ったお金にはそれが無い、在り過ぎは無く、幾ら在っても困らないと考えがちである。
充分であるという判断が付かない中で、人はひたすら数字の積み上げに明け暮れる。
高級自動車や豪邸が欲しくて、数字を積み上げるのか、積み上がった数字を誇示するために高級自動車や豪邸を手に入れるのか、僕には不思議な活動に思える。
本当の収穫とは何の関係も無い数字に世界は支配されてしまったようだ。

2007年7月7日土曜日

Boyhood,La Habana


昨今、子供達は何を七夕の短冊に託すのだろう?
僕の少年時代、輝く未来はに対する期待は大きかった、技術が世界中の不幸を克服し、紛争や戦争、病気の苦しみから解放された世界を夢見ていた。
技術が進み、色々な面倒な事から解放された僕達は、ゆっくりと家族で食事を楽しんだり、のんびり世界中を誰もが旅行をする事が出来ると思っていた。
交通事故や公害を克服した技術や、科学的に安全で健康的な生活が手に入ると思っていた。
鉄腕アトムに示された様な世界は手に入らず、欲しいと思いもしなかった様な物ばかり大企業に売り付けられてやしないだろうか?
悲しいけれど、今の子供達の思い描く未来像が僕には見えない。

2007年7月5日木曜日

El Temple Expiatori de la Sagrada Família,Barcelona



サグラダ・ファミリア崩落の危険?
世界遺産として知られるサグラダ・ファミリアでさえ、開発の風圧を受けているのかと思うと暗澹たる思いが心の中に広がってゆく。僕達にはもう、立ち止まって今、手の中に握られた物を幸せだと満足して大切にしてゆく事は出来ないのだろうか?
右肩上がり経済成長等と言う事が永遠に続く仕組み等有るのだろうか?
これを突き詰めると、結局今さえ良ければ良いと言う立場を、国家や大企業が知らぬ顔をしてとっている様な気がする。

高速鉄道は何の為だろう?誰かの幸せに貢献出来るのだろうか?僕には良く判らない。

El Temple Expiatori de la Sagrada Família is planned to be completed around 2026, which is over a hundred years since Gaudi began to design it. There are numbers of renowned modern architects who has designed bigger, taller or more expensive works than this, yet what is dazzling about el temple is the architect’s passion to engage beyond his life. Most of us live to accomplish something within our lifespan. Plans and dreams are created to arrive at a goal while we still breath. Yet, he created a pradise which would continue to live beyond his death for the passion to create absolute perfection.

2007年7月4日水曜日

Destination of the huge industry,Yokohama


デジタルカメラで撮影していると、フィルムで撮影していた事が不思議に思える程だ。
赤い別珍のレコードクリーナーでLPレコードの埃を取っていのも同様。
VTRもDVDに取って変わられた様に見える。
ところが、自動車は未だガソリンや軽油を燃焼させて、化石資源を浪費したり、燃焼二酸化炭素を大量に放出したりしている。(あのモダンなデザインの自動車だってボディーの中のエンジンで掘り出した油を燃やして走ってるんでスゼ!)
なんと言うローテク!!驚くべき旧態然(電気の時代に、未だオイルランプを使う様な事にも思える)
バイオエタノールが環境の保護に役立つって誰が言ったのだろう?燃焼二酸化炭素は同様に放出されるし、エタノールの原材料の確保の為森林伐採は加速する可能性が高い。
結局の所、自動車業界が基本的な産業構造を変えずに生き残る為のまやかしが、バイオエタノールなのだと言わざるを得ない。ハイブリッド車を経て電気自動車や、その他の基礎技術に移行すれば、カメラ業界の様に生き残れない企業が続出するだろう。僕達は騙されている。大企業は、出来る事・成すべき事を横に置いて資本主義の原理のみを追求している。その行く先は何処なのだろう?


カーボンニュートラル理論には生産地域の開発に因って失われる環境の問題が充分盛り込まれていないと私は考えている。

People think steam locomotives are out of date and consider them as one of the products of low-tech era. But what about cars? Inside that cool modern designed metal, we still burn fuel like locomotives and exhaust gas to heat that engine. It makes me funny that drivers care to constantly update themselves with high-tech gadgets like mobiles and iPods but still drive on vehicles by burning resource.

2007年7月3日火曜日

Once-in-a-lifetime chance,San Giorgio Maggiore Venezia


夕暮れ時のサンマルコ広場で僕は一人の日本人女性に出会った.
彼女は小柄ではあったが、日に焼けたなかなかの美人だった。僕から話しかけたのか、話しかけられたのか忘れてしまった。日本人の女性と話すのが久しぶりだった僕はちょっとドキドキしながら旅の情報を交換したりした。
色々な話をしているうちに、彼女は「私ゴンドラに乗りたいなー」と呟いた。その呟きは妙に艶かしく色っぽかったので、僕は「一緒に今から乗りませんか!」と応える事を求められている様な気分になった。(勝手に!)
美しい夜の帳に包まれたベネチアの街での出会いはまるでドラマのようだったが、その当時引っ込み思案だった僕は彼女を誘えずそのまま別れ、翌朝早くに列車に乗った。
もし、今だったら待ってましたとばかりに誘うのにと思うんだけど。
勝手な妄想ならではの美しさにはかなわないだろうな。

Encountering strangers while traveling can often be romantic, especially when traveling alone. Fled away from the ordinary life into a strange land, one can quickly become a hero/heroin by just exchanging small talks with someone at a café. Yes, I have experienced that myself as well as finding the sweet theatrical story bitterly ends as I set my foot again in the usual land. So I am quite jealous as finding one of my closest friend falling in madly in love with the one in Havana…she chose not to pull those curtains on the stage by flying back to the strange land.

2007年7月2日月曜日

Paris,Paris


女の子は間違いなくフランスが大好きなのだ! と思いたくなる程フランス信奉者の女性は多い。
とりわけ、パリの事となると大変な物で、フランス人よりうんちくしてしまうんじゃないかと言う人もいる。
だけど、パリの魅力は否定出来ない、フランスの首都と言うよりヨーロッパの粋と言うべきかも知れない。
そして、パリはやはり「女の都」だ、女性の心をウキウキさせる様なもので満たされている。
その街並、その食べ物、そのショーウインドウ、僕には判らないフランス語、ちょっと気取ったフランス人達等等・・・・・
僕は、奥さんを伴ってパリを訪れた事は無い、それは余りにもそこに女性を夢中にさせる物が有るから。
そして、余りにもユーロが高いから(笑

2007年7月1日日曜日

Snow scene,Tokyo


今日から7月、そう思うと梅雨明けせずとも夏が来た気になる。
エアコン嫌いの僕は終日窓を開け放って、短パン、Tシャツ生活を送ってている。そう言えば奥さんに頼んで電気バリカンで坊主頭にもした。理由は勿論暑いから。(何かの罰則ではない)
短パン姿で、ソファに寝そべり窓の外を見つめながら、冬の生活に思いが向かった。
全身フリースにダウンのベストを来ていたあの頃と今の落差は大変な物、今じゃ見ているだけで気分が滅入る様なフリースやダウンが必須だった(エアコン嫌いな為)
今も、僕の後ろの窓は全開で涼やかな夜風が吹いている。
今年はいつ迄窓全開で過ごせるだろうか、僕に取ってのは窓の開き具合が夏の訪れ、夏の終わりの象徴かも知れない。

As the summer deeps with its heat and strong sun ray, I long for the snow scene. It’s hard to imagine that I used to quickly change into thick fleece sweatshirt and pants after work and cook nabe (pot cooking) to warm up. Windows were tightly shut and all roll-blinds were down to keep away the chill. Now, they are all open. With ice-cream in my hand, I think of sliding down the snow slopes.