2007年7月15日日曜日

Crop,Stuttgart


お金が存在しなかった太古の昔は、自分や家族、集落の者同士で食べ物も、着る物も、住む事も解決していた筈だ。
物々交換が基本で、生きていく上で必要な物は手に入れるしかなかったと思う。
お金は便利な物で、腐らず、嵩張らず、必要に応じた物に交換できる(つまり買うと言う事)。
でも、これが不幸の始まりだったのだ。食べ物等の収穫は沢山採れ過ぎても無駄になるし保存も困る。
本来、生活に必要な全ての物には、必然最適な量や有り様が在って「充分」という判断が働く物だ。
ところが、数字のみと成ったお金にはそれが無い、在り過ぎは無く、幾ら在っても困らないと考えがちである。
充分であるという判断が付かない中で、人はひたすら数字の積み上げに明け暮れる。
高級自動車や豪邸が欲しくて、数字を積み上げるのか、積み上がった数字を誇示するために高級自動車や豪邸を手に入れるのか、僕には不思議な活動に思える。
本当の収穫とは何の関係も無い数字に世界は支配されてしまったようだ。

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