2007年8月30日木曜日

End of Summer,Kakogawa


いつだって夏の終わりは突然だ。ある日心の中でスイッチが切り替わるように「ああ、今年も夏が終わってしまった。」と祭りの終わりのように寂しく思うのだ。
独断で言うならば、少年の思い出は夏の光であるべきだし、男女の出会いも夏は特別にヒートアップする様に思う。去り行く夏の後姿を見送りながら、幾つになってもスタンドバイミーが心の中で流れているのは僕だけじゃない筈だ。

2007年8月25日土曜日

Masara ,India


カレーライスは子供の好きな食べ物の定番だ。カツカレーとかコロッケカレーとかハンバーグカレー等強烈なメニューも日本には沢山ある。カレーはインド料理なのか?
子供の頃インド料理なんて概念は全く無かった。
「今日のランチはインド料理にしようか!」と言って駅前の立ち食いそば屋でカレーライスを食べるという様なジョークは思いも付かなかったのだ。
とにかく、和食、洋食、中華、これが全てであり、カレーライスもナポリタンスパゲッティも洋食という非常に和の文化に支えられたジャンルに放り込まれていた。

本格インドカレーとか、インド人もビックリ!とかインドは日本人にとって馴染み深いものだと思っていたが、インドで食べてた様なインド料理やカレーは全くと言っていいほど日本ではお目に掛からない。
子供の頃食べたカレーより、町のインド料理屋で食べるナンはインドに近づいたと思ったのは勝手な勘違いだった。

インドは一見馴染み深く、そして余りにも遠いのかもしれない。

私の年老いた母親でさえ「私、ナンが好きなの!」等と言ってスーパーで潰れたパンを買ってきたりするのだから。

2007年8月22日水曜日

Candy shop,Sri Lanka



以前から「白い恋人」と言うお土産菓子の事は知っていた。二三度食べた事も有る筈だ。
賞味期限の改ざんを追求されているが、この問題僕には余りにも狭義に論じられている事が不思議だ。
法律的な事はともかくとして、賞味期限は生産者が品質保証する期限であるからして、それを延長して問題が発生した場合の責任を負うと言う事である。回収された商品の品質が保証に足りると判断して期間を延長する事はそんなに理不尽な事なのだろうか?、これらの返品回収された商品を全て、実際の品質問題とは関係なく廃棄してしまう事が正しい道なのだろうか?
もしそうなれば、実際の市場ニーズに返品処分される商品を加えた量の商品を平常的に生産し(はなから捨てるつもりの物を生産する様な物)、そのコストは個々の商品価格に上乗せされる。
つまり、無駄な資源を浪費し生産し、実際の品質劣化の無い商品を大量に産業廃棄物として排出する。
商品価格はその無駄のお陰で高くなる(或は、生産作業に従事する人々の雇用条件が悪化する)。

私達は何を求めているのだ。人参にもタマネギにも消費期限や賞味期限等何処にも書いていない。
食品の期限なんて季節や保管状況でどうにでも変わってしまう、それを健康被害にしないのは現実的に消費する僕達が手にして、食べてみて人が何と言おうと「こりゃ痛んでるなー!」と思えば店に相談してみれば良いのだ。バーコードと共に記された数字を頼りに生きる生活なんて僕には信じられない。
こんな事していれば、いずれ僕達は一億総「裸の王様」になってしまうだろう。

最後にもう一度、痛んでしまった食品は食べてはいけない、だが食品を痛めて捨てない流通や消費の仕組みが重要なのだ。数字やバーコードは僕達を幸せにしてくれない。

2007年8月21日火曜日

If Tokyo city were mountain hut.Daitenjyo



世界がもし100人の村だったらと言う考え方(或は文章)の中に僕達が直面している多くの問題の解決への方法を考えるヒントが有ると思う。具体的流布されている文章云々では無く考え方の問題として大切にしなければならないのだ。見えない問題を実感する為に。
環境の問題も同様だ、問題だ問題だと騒ぐが実感は有るだろうか?

例えば、登山をしない人には判らないかも知れないが、山小屋が僕達の生活する都市や地域の現実を考えさせてくれる。

稜線上に建つ山小屋には水源が無い、天水を集めた物を濾過して使用するか、遥か下方の沢から細いゴムホースでチョロチョロと少しずつ汲み上げるしかない。だから小屋の脇に設置されたタンクや雨樋からの集水装置を見ると、水を一滴も無駄に出来なくなってしまう。
屋根に設置されたソーラーパネルや、小さな風力発電機、それらを蓄電する簡素なシステムを目の当りにすると、夜更かししてテレビ等見る事が如何に代償に見合わない愚行で有るかと考えてしまう。
そうだ、さっさと寝てしまう事が健康にも環境にも社会にも良い事なのだ。

食品の包装やビンやカン等のゴミを自分で背負って何時間も歩いて帰る事を考えてご覧、こんな無意味は無い筈だ。こういったゴミや糞尿等の汚物はコンテナに移し替えてヘリコプターで山から降ろしている。
そしてその作業は過酷で危険だ。そう思うとゴミばかり出る過剰包装は本当に罪深い事だと思う。
トイレは我慢出来ないけど、本当ならば糞尿だってプラスチックの袋に入れて各自持ち帰らなければならないのかも知れない。

そしてこれは山小屋の話だが、実は東京の街だって基本的には同じなのだ。
君の家から出る量のゴミを皆が出す、是等は煙となって消える訳ではない、電気も水も何かを消費している事に変わりはない。
僕達は、東京と言う巨大な山小屋の住人なのだ。

2007年8月19日日曜日

Seven Cardinal Sins,Piazza San Marco Venezia


私の仕事場の在るエリアは東京の中でも美味しいベーカリーが多いことで知られている。
その中で僕は二軒のベーカリーをとても評価しているのだが(独断で言わせて頂ければ特定の種類のパンで日本一だと思う)その2店は、コツコツと頑固な主人が自分で作れるだけのパンを必死に作っているので、雑誌等に良く取り上げられているがデパートの地下に出店したり他店に卸したりは出来る状況ではない。(この2店は朝6時半には開店している、毎朝3時半には作業を始めている)
もし、このベーカリーが上場企業なら、企業の業績を向上させ株主に配当還元したり株の売却利益をもたらす様に、大手の食品メーカーや商社と提携して、全国のデパートに売り場を設けたり、卸したりすべきであって、このような経営状況は容認できないと社長が首になったり、企業価値の割には業績的な事もあり株価が低いと買収されたりするかもしれない。
その結果この美味しいパンはこの世から消えていくか、特別に高価なものになってやはり私達の食卓から無くなるのだ。

かの有名なファンドマネージャーの「儲けちゃ悪いですか!儲けるって悪いことですか?」と言う言葉から思うことは、優秀な頭脳と官僚としての華やかなキャリアを持つ彼にしてこの程度の良識であるのかと言う驚きばかりである。儲けるために儲ける事は悪いのである、間違いなく!法律はルールであり良識とは関係ない、法を犯さないからと言って社会に悪影響を及ぼす行為は糾弾され裁かれるべきなのだ。

僕は彼の様な人々を資本主義原理主義者と言っているが、原理主義者とは本当に始末の悪い人種だ。
一側面からしか世界を見ないばかりか、自分の事を疑ることを知らない。

彼らの7つの大罪が少しでもおさまり、全ての活動が広く世界や未来の為に向かうことを祈る。
そして、頑固親父が思う存分頑固にパンを焼き続ける事が出来ることも。

2007年8月15日水曜日

In dusk,München



第二次世界大戦が終結して60年以上の月日が流れた。
もう身近に戦争体験を若者に伝える事の出来る人も少なくなってしまった。
日常生活の中に嘗てのカタルシスの痕跡を見出すことは出来ず、戦時をテーマにしているドラマや映画も、戦国時代の歴史物語のように見えてしまいがちだ。
国家によって握りつぶされた人権、累々と積み上げられる骸の山とホロコースト、核爆弾の投下と続く苦しみ。
不戦の誓いと言われるが、実際には世界の何処かで紛争や戦争は続いている。
不戦の誓い以前に悲劇の炎は燃え続けているのだ、僕たちが先立ちの話を聞いて、「平和は素晴らしい!」、「平和で良かったね!」、「悲劇を繰り返すな!」等と言っている事は余りにも呑気な平和ボケだ。
如何すればいい?今起きている戦争が全て終結してから不戦の誓いをしよう!
今は、起きている戦争が終結する為に一人一人が出来ること考えよう。
有限資源の上に成り立っている産業に何時までの右肩上がりの成長を期待するような愚行を改めれば、多少は戦争の終結を早められると思う。

年寄りの話に耳を傾けて、昔の暮らしぶりを取り入れるだけでも平和へ近づくかもしれない。

2007年8月10日金曜日

Fragrance of summer,Alassio


遅い梅雨明けだったけど、8月に入って夏らしい暑い日が続いている。
7月のジメジメした長雨の頃でこそ多少エアコンディショナーも使ったけれど、今は仕事場でも、自宅でも全く冷房を使っていない。扇風機が有れば良いのだがこれも使っていない(持っていないので)。35度以上の気温の日に冷房無しの部屋に打ち合わせに呼ばれる人々は大変な災難だが、僕自身は待ちかねた夏の暑さを思う存分楽しんでいる。
省エネだとか、環境保護だとかの意図からではない、本当にこの夏の暑さを楽しんで汗を首から下げたタオルで拭いながら過ごしているのだ。又、数ヵ月後にはコートの襟を立てて過ごしている事を思えばこんなに楽しい事は無いと思うのは、Tシャツと短パンでも仕事場で許される故なのかも。
だけど、素足に感じる焼け付くような日差し、額を伝う汗、気が遠くなるような蝉達の鳴き声、ある時は妖しくもあり倒錯さえ感じる様な夏の魅力は一瞬の後には去ってしまう・・・・・・・