
農薬ギョウザ事件はグローバル経済化の行き着く結果、経済活動規模の極大化の果てに起きた象徴的事件だと思う。たかがギョウザだが、こんなトリッキーな生産流通方法でなければ生産出来ないほどの低価格で市場に流通している。それは消費者の為ではない、低価格も消費者の為ではない。
ここが重要な所だ。低価格は最終的に収益性を向上させる為の方法論でしかない。
つまり、農薬ギョウザ事件は、企業収益を追及した果ての結果であり、はなから僕達の方を向いていなかった話の結末なのだ。
これを加速させたのは価格競争や企業の販売戦略に丸乗りしてしまった僕らの責任でもある。環境問題や、資源価格の高騰、先進国では行き渡ってしまった感のある基本生活の近代化を考えると経済活動は低調化して行くのが当然であり、又そうでなければ成らない基本的問題である筈だが、経済界は現実を直視出来ないようだ。
僕達はどうだろうか?どん底のような不景気だが二酸化炭素の排出量が減り環境悪化を食い止めて、皆でつましく社会生活を送る覚悟は出来ただろうか?
全ては連鎖し因果と責任は誰にでも有る。
原子力は嫌、でも電気やガソリンは今まで通り使いたい、隣の人より一歩豊かに暮らしたい。危険な食品は嫌、でも安ければ安いほど良い?
どんな明日で在るべきか、もう今までの延長線に明日のイメージを求めるのは止めにしよう。
Culture shape people. People often tell me that I have two characteristics: Japanese and Western. I don’t realize too much about the two within myself, but my partner seemed to be shocked as I leave the “reserved” characteristic and wear on an “active” one as we vsited my hometown. According to my partner, I talk to strangers in abroad, whereas in Japan, I don’t. In fact, I used to talk to strangers while riding subways in Tokyo, but stopped doing that as people stare at me as if I were a stalker or a real “stranger”. I’m not sure if there are only two characteristics inside of me, even three or four…, but I sure do enjoy playing any roles.