2008年11月30日日曜日

White scenery,倶知安


東京もそろそろ寒さを感じる様になって来た。
未だコート等は着ていないが冬用の化繊の下着を買いに行った。
カシミアのセーターではなく「化繊の下着」と言うのが自分らしく格好の付かない所だが、この化繊の下着を着て真っ白な静寂の中に飛び込むと思えば、カシミアのセーターや、マフラーよりもロマンチックかも知れない。
スキーやスノーボードの魅力を滑る事、スピード、興奮、スリル等で語る人は多い。
勿論自分もそれは感じるのだけれども、スノースポーツと言う理由が無ければ決して訪れる筈の無い地方の小さな町や村を訪ねる事も大きな魅力だと思っている。
スキー場を少し離れると本当に静寂の世界が広がっていて全てが自然に雪に覆われた様は代え難く美しい。
こんな酔狂をしなければ此処には来ないなと思えば尚の事大切で希有な体験に思える。

上手い人はそんな風に思わないのかも知れないが・・・・・・・

2008年11月8日土曜日

Marché,South India


© Katsuji Sato All Copyright Reserved

天気の悪い週末だが、久しぶりに近くの商店街にごぼうだとかジャムだとかを買いに出かけた。
倉庫の様な食材個人商店でマーマレードを探すとオーガニックとか書かれた品が有ったので手に入れた。
オーガニックでなくても良いのだがそれしかマーマレードは無かったので仕方が無い。
次に昔からの八百屋に向かった、すると八百屋は営業しておらず店のシャッターに張り紙が!
「都合により閉店する事となりました、長きに渡り有り難うございました。 店主」
なんと!やめてしまったのだ、まだ店主のオジサンは元気そうに見えたのに。
僕は心の中で呟いた「何故だ!」
妻にこの件を話すと同様にショックを受け、この様な事を言い出した。
「皆が八百屋や魚屋、肉屋なんかの商店を使わないからいけないのよ。特に若い女の人は、海外なんかに行くと『マルシェで果物を買って来てホテルで食べたりしたの!マルシェやパッサージュの雰囲気素敵よね!』なんて事を言う人程、地元ではスーパーマーケットで全て済ましたりしているじゃない。」
その通り!寝言言ってんじゃねーよ!と僕も思った。
自慢じゃないが出来るだけスーパーマーケットでは買わない様にしている(加工品等は他に無いのでスーパーで入手)、スーパーの値段は言う程安く無い上品質は並以下である。調理方法等のインフォメーションも商店では親切に教えてくれるが、スーパーはとにかく売ったきり!
八百屋が閉店しても、新規開店の八百屋と言うのは見た事が無い!こういった個人商店は何れ無くなってしまうのか!

主婦達よ眼を覚ませ!パリのマルシェに行ったつもりで近所の八百屋、魚屋、肉屋へ行こう!フランス人と会話する様に八百屋の親父に声を掛けよう!

2008年11月7日金曜日

ἀκρόπολις,Αθήναι



世界遺産ブームと言われて久しいが、これは日本国内だけではない。
世界中の観光名所とりわけユネスコの世界遺産に指定されたような所は大変な有様だ。
写真はギリシャのアクロポリスの丘、誰でも知っているパルテノン神殿が有る場所である。
ユネスコのマーク自体がこのパルテノン神殿の様な建築物をモチーフにしている事もあり、世界遺産と言えば先ず此処が思い浮かぶ人も多いと思う。
現在の状況は、50年前の写真と比べれば科学的な検証による発掘や復元が進んでいるが、何せカンカン照りの下で吹きさらされているのだから風化も進んでいる。
そして何より、過剰なあまりにも過剰な数の観光客が押し寄せ身動きも出来ない様な状態である。
自分自身、観光客である訳だから非難めいた事は言えないが、教科書で見たあの実物が目の前に有る感動よりも、前にいる杖を突いた老人が転びやしないか、人ごみの中で記念写真を撮り始める人のフレームに入らないように等、気になる事ばかりで、しみじみとした感動の余裕は無かった。
この神殿が使われていた時代には、こんな時代が来るとは想像もしなかっただろう。

2008年11月6日木曜日

Adriatic Sea,Venezia


イタリア半島バルカン半島に挟まれたアドリア海はいかにもヨーロッパ的な雰囲気の漂う落ち着いたイメージが有るのは何故だろう。
宮崎駿のアニメの舞台にもなったイタリアのこの海岸一帯は、北で閉じ、細長く南へ延びる地形のせいか広々とした海と言う印象とは一寸と異なっているようだ。
僕がこの地を訪ねた時は毎日曇り空で時折激しく雨が降り、一日も太陽は顔を出さなかった。
其のせいでなのか、人気無く静かな漁村の独特の印象が心に残っている。海の好きな僕には裸になって飛び込む様な海の方が身近なのだが、かけ離れたアドリア海の風景は、冬の日本海にも似て刻み込まれたようだ。

只、夏の気候が安定する時は海岸リゾートとして人気が有るそうなので、僕の勝手な思い込みだと言う事です。

2008年11月5日水曜日

Pleasant Indian,Chennai


© Katsuji Sato All Copyright Reserved

僕は昔からインド料理が好きだった。東京の街中でインド料理店をちらほら見掛ける様になったのは80年代バブル華やかな頃だったと思う。
今ではインドカレーやインドカレー風の店はどんどん増えていて、インド人とおぼしき人も増えているが、実際はバングラの人だったり、パキスタンやネパール、はたまたスリランカの人だったりする。
実際のインド人はこういった周辺国の人とはちょっと違っていて、非常におしゃべりで自己主張も好奇心も強い本当にオモロイ国民性を持った人々だ。
インドの旅はこういった愛しのインド人様との付き合い方次第で楽しくも、苦しくもなるのである。

勿論、バングラデッシュ、パキスタン、ネパール、スリランカの人たちも大好きである。

2008年11月4日火曜日

Kebap,İstanbul


最近は東京都内でもそこかしこに見られるケバブ屋さん。
バンの移動販売だけでなく、お店もどんどん増えている。
このケバブ、実は色々な種類が有る事を全く知らなかった。
それに、ケバブは肉の脂質を落として料理するので、沢山食べても胃もたれしにくいし、必ず野菜が添えられるので偏食にもならない。
ハンバーガーみたいな物とばかり思っていたのだけれど、健康的に工夫されたシンプルながら洗練された料理なのだと考えを改めた。
イスラム教徒は体に悪いような料理は食べないようだ、例え美味しくとも。

2008年11月3日月曜日

Home,Tokyo


自分たちのスタジオが竣工して2年以上経った。けれども建物や空間が概ね出来上がったと思える様になったのは、ほんのつい最近の事だ。
建物や家等は真新しい時は全く景観にも、住んだり利用したりする人々にも馴染んでおらず、どんな立派な豪邸もモダンな建築も未完成故の落ち着きの無さを感じずにはいられない。
少しずつ汚れヤレながらも手入れを重ねて、植物等が生い茂り一つの景観や情景となって行くのは何十年もの時間が必要なのだ。
日本に限らず築20〜30年位の建物ばかりの情景は中途半端で見ていられない。
この写真の家は築80年だそうだ。美しく植物に包まれ、その植物達が代わる代わる花を咲かせている。
美しく完成された情景であるが、木造の建物は柱が傾き構造が歪み魅力有る雰囲気とは裏腹に機能を全う出来なくなっている。壊れる前が一番調子が良いと言うがこの家は本当にこの夏の或る雨上がりに轟音を立てて崩れ瓦礫となってしまった。
後で聞いた話では近隣では危険な問題住宅として心配の種だったそうである。
無責任に花に包まれた家の佇まいを楽しんでいたのは僕だけだったかも知れない。

2008年11月2日日曜日

Hong Kong in the fog,Hongkong


その昔東京国際空港と言えば羽田空港のみの時代(40年近く前の事だと思うが)、外国旅行と言えば香港を一番にイメージしたものだ。
実際、父も香港やインドネジア等に仕事で渡航していた。その為か羽田空港の印象と言えば、深緑のフィルムが貼られたガラスの仕切り越しに税関を通った帰国の父を母に連れられて迎えに行った事が印象深い。
何とも言えない旅情を掻立てる雰囲気がその当時の羽田には在って、その向こうに在る異国の情景はどんな物だろうと子供心に考えた物だった。
九龍城塞も慶徳空港も無くなりアバディーンの水上生活者も居なくなり40年前の香港は既に無くなってしまったが、霧に包まれ磨りガラス越しに見る様な香港の情景は今もあの頃同様のミステリアスな旅情を漂わせている。

2008年11月1日土曜日

Maradona,Napoli


マラドーナが居た頃のSSCナポリ本当に強かった。写真はSSCナポリがスクデットを取った1987年当時の興奮したサポーターで盛り上がるナポリ中心部の様子だ。全てのナポリの人々はマラドーナに敬意を表して「ナポリの王」等と言ったそうだがその後のマラドーナの人生は転落の道だった。
そのマラドーナがアルゼンチンのナショナルチームの監督に就任するとの事。これはとても嬉しいニュースだ。
スーパースターの人生が転落の終焉と言うのは、私の様な庶民には希望の火を消された様な気持ちになるから。
テニスプレーヤーのアガシもそうだった、復活して活躍するスターの姿は更に大きな希望の光とドラマの大きさを感じさせる。心配な面も多々有るがマラドーナとアルゼンチンの活躍を期待!!

ディエゴ・マラドーナ - Wikipedia

2008年10月31日金曜日

Trendy Restaurant,Paris


先日、以前利用した事の有るレストランの支店がオフィスの近くに有る事に偶然気が付いて、電話で予約の上、初めて行ってみた。住宅街にひっそりとある店であるが店内は若い女性の客でほぼ満席で、驚く程やかましかった。「ウソー!ホントー!」、「ソレで、ソレで!」「彼氏がねー!・・・・・・」どのテーブルの女性達も何故か競う様に大声で盛り上がっていて、店内の雰囲気はレストランと言うより居酒屋そのものであった。
お客も食事を楽しむと言うより料理を肴にお酒を飲んで盛り上がると言う感じで「すいませんーん!こっちビール追加して下さい!!」、「こっちもワインとチョリソお願いします!」等、手を上げている。
その熱気に僕は一瞬たじろいだが、常日頃ストレスを受けているOLの皆さんはこうやってガス抜きしなければやってられないのよ!と妻が僕に解説した。なるほど雰囲気重視の女性としては昔ながらの居酒屋じゃ満足出来ないし、女性専用トレンディーなガードした焼き鳥店なる物も存在しない。
後で知ったのだがこの店はインターネットのレストランガイドで人気の店だったらしい。
このようなインターネットで人気の店が、OL女性の為のトレンディーなガード下焼き鳥居酒屋なのだと納得した。
僕にはもう少し落ち着いた雰囲気の店が向いているのかも知れないと思い、人気の店も難しい物だと反省したが、料理はとても美味しかった。

この日の何よりの収穫は未知なるOLライフの一面が垣間見れた事であった・・・・・・。

2008年10月30日木曜日

Botanica,Tokyo


一雨ごとに東京の気温も低くなっているようだ。真冬のスタジオの寒さが又迫り来るようで身構えてしまう。
今年の冬は寒さに弱い植物を沢山枯らしてしまったので、後手に回る前に植物を室内に取り込んだり、スタジオから避難させたり、その他諸々の手入れで忙しくしている。
実際、色々な地域を旅して、日本の自然程変化に満ちて過酷な所は少ないと思う。
真夏の高温多湿は正に熱帯雨林の様で、多湿に弱い植物は日陰でも腐ってしまったり。
ちょうど良い春秋はあっという間に過ぎ去りカラカラに乾燥した冬に向かうがその前に日照不足の長雨に見舞われたり台風に襲われたりする。
もうすぐ春と言う所で雪が降ったり、低温で尚かつ多湿という最悪に過酷な状況を迎える。
これから来年の春暖かくなる迄のサバイバルの結果はどうなるか!

2008年10月29日水曜日

Gun,Alaska


アラスカをドライブすると街中以外は道路標識の四分の一は散弾銃等で撃たれている様に見える。
この辺の住人にとっては銃は釣り竿と同じ位の意味しか無いのかも知れない。(人に向けない限りは!)

だが、熊やムースに不意に出会うかも知れないアラスカとLAやNYは一緒に出来ない。
保守的アメリカ人は、人工妊娠中絶は殺人行為だと非難するが、一方「人を殺すのは人であって、銃じゃない!」なんて主張する。
アラスカみたいな所でなければ銃は殆どの場合、人に向けられる可能性を想定されているんじゃないかな?
そこで、殺人行為の可能性を少しでも減少させる為の銃規制は何故出来ないんだろう?

2008年10月28日火曜日

Forked road,Seattle


毎日、金融危機関連のニュースが世間を騒がせている。勿論、日本だけでなく世界中を混乱させている。
アメリカを旅するとつくづく思うのだが、この国は本当に不幸な状況だ。
経済的成長は、投機的市場から資金を調達しようと思えば絶対条件だ。
だからアメリカ人は以前の3倍も5倍も食べて経済活動を活性化させる、すると太ってしまうので健康食品やダイエット関連商品等以前は無かった物にお金を使い経済活動を活性化させる、そうこうしているうちに病気になって(心身共に)医療費をたんまり払い、どこに行くのも無駄に大きな自動車でガソリンを垂れ流す様に使い、ショッピングモールで代り映えのしないTシャツやトレーナー山ほど買って山ほど捨てる、またまた経済活動を活性化させる。
全ては企業の業績を成長させる為に。マネーゲームだ。資本家のマネーゲームの犠牲になって本当の人間らしい生活を忘れてしまった。
そして、この方法論に殆どの先進国が追従し、消費も経済も現実的に健全な実体以上に膨らませているのだ。

今は分かれ道、何より僕達庶民が賢くならなきゃいけない。
セレブなんとか等、産業界の仕掛けた罠でしかない。

2008年10月27日月曜日

Scenery from Tabletop,Capetown




ナミビアの砂漠を飛び立った小さな旅客機が舞い降りたのは美しい緑に包まれたケープタウン郊外の空港だった。
都会的整備が整った空港に降り立った砂漠の砂塵を全身に浴びたままの僕は全く場違いだったかも知れない。
アパルトヘイト撤廃後のRSAは猛スピードで変化していて空港も街も見違える様に整備されていた。
夜になっても街は白人だけではない、色々な有色人種の人々が街の生活を楽しんでいる。
アフリカンとアフリカーナの間に生まれたコンテンポラリーな音楽やファッションも着々と育っている。
下の写真はSO-NOWとか言うセレクトショップで手に入れたケープタウンのモダンなミュージシャンのイベントを収めたCDだが内容が素晴らしい。以前はアフリカンの作った物等、街中では殆ど見掛けなかったのに。
未来のアフリカが垣間見える気がした。

だけれども、高級レストランでは以前と同じ白人の店には白人の爺さん婆さんしか居ない。
有色人種は皆別の店だ。有色人種の僕は店内のテーブルに付く事を断られ、冬の夜なのに外のテーブルなら等と言われて「逆切れ」した。こっちからお断りだね!こんなダサイ店は。潰れちゃえ!
差別は簡単には無くならない物なのだ。


Pop culture often depicts the reality of a nation. Walking down the trendy street of Capetown, I saw many RSA made fashionable clothes and CDs. Product designs were unbelievably accomplished and in mode. Music by black South Africans beautifully combined jazz, rock and rap as in this album. Every time I take this red CD jacket, I anticipate RSA to become a strong leader of Africa.

2008年10月26日日曜日

Drifter,Sifnos



最近の僕の旅は、「昔から行きたかった!」等の積極的な選択とは無縁に行き先が決まり、又旅の途中で何度も変更するので、最終的には何一つ予備知識を持たず、何の資料も無いまま突然、思いもしなかった所に行ってしまう事もしばしばである。
そこの言葉で「有難う」とか「こんにちは」も言えず。地図一つ、ガイドブックの一冊も持たず突然、初めての国を訪れるのは、先方からすれば迷惑で失礼な話であるがそうなってしまったのだからしょうがない。

何故、このシフノス島という小さなエーゲ海に浮かぶ島に辿り着いたのか全てが偶然で意図的事等何も無かった。
只、どんな所も行ってみなけりゃ解らない。だから不安に満ちた彷徨いも、計画された旅行も振り返れば予想ともガイドブックとも違っている事には変わりはない。そうでなければ旅する意味等無いのかも知れない。

“It’ll be all right. Let’s get off here.” I got off from Romilda onto a dark harbor of Sifnos. With no plan and no guide book in my hand,efharisto (thank you)” was the only Greek word I knew. It’s a crazy way to travel, but I’ve experienced trips with full of anxiety often leading to “perfect” results. Sifnos was one of those perfect ones. The island is not on the book, but it turned out to be one of the most precious places on earth to me. Sometimes, we’ve got to let go off that Lonely Planet.

2008年10月25日土曜日

Ski,Zao




未だ昼間はTシャツ一枚で過ごしているけれど、先週北海道へのスキー旅行の予約をしに旅行代理店に行ってみた。
僕:「来年の1月のこの日で、スキー場に一番近いこのホテルお願いしたいのですが!」

代理店窓口の男性:「少々お待ち下さい、確認して参ります!」「・・・・・・もう一杯ですね!このホテルは取れません。こちらの車で10分の旅館なら取れますが!」

ガーン!!未だ10月の中旬になったばかりなのに!パンフレットが出たとたんに来たのに!

高くても何でも良いですから、歩いてすぐ戻れる宿は無いんですか?」

一日中休まず滑る等、今の僕の体力では全く無理だ!何時でも戻って休める宿でなければ、初心者コースでさえ遭難してしまうかも、等と思いを巡らせていると。

代理店窓口の男性:「徒歩3分ですが取れる所が有ります!追加料金が必要ですが」

僕:「お願いシマっす!!」

スキー人口は年々減少していると言うが、マニアックな人々は必ず居て僕の様な平凡な人間の予想を遥かに超えた行動をするものだと痛切に思った。来年はもっと早く申し込もう。

Every winter season, I’ve been seeing fewer and fewer people enjoy skiing in Japan. There are no more skiing commercials on TV and no more long lines waiting for gondolas. So I thought I was the first one to reserve 2009 Niseko skiing tour in early October, and proudly asked the travel agency to reserve the nearest hotel from the lift. I was ready to pay when I heard the unbelievable answer from the agent. “Sorry, all hotels are packed but one, which is at five minute walking distance from the nearest lift.” What!!! Taken by surprise, I settled for his offer and “luckily” I could reserve a room. Well, I guess there are many maniac skiers still left in Japan.

2008年10月23日木曜日

Water Pipe,İstanbul



先進国じゃ目の敵にされているタバコ・・・・僕もずいぶん前に止めた。
イスタンブールで良く見かける水パイプは、大げさな雰囲気がいかにも怪しげで危ないのだが、実際はソフトドリンクやミネラルウオーターを飲みながら気楽に健全に楽しんでいる。
どうも酩酊を誘うお酒は駄目だがタバコは良い(場所をわきまえれば)と言う事らしいのだが、本当に所変わればと言う感じで面白い。

One summer night, I got off at an illegible tram station in Istanbul, and wandered into a dark park where I found groups of people sitting under trees smoking water pipes. For a moment, it seemed somewhat immoral, but as my eyes got used to the sight, none of them were drinking alcohol and they were just enjoying talking and playing board games. Most of them were young adults, but there were even old men and women and sometimes even kids in those groups. Smoking has become an “enemy” in my country, but it seems a good “friend” in Turkey. It’s true, the night park was peaceful without any drunken people shouting and vomiting in bars of Tokyo.

2008年7月24日木曜日

漂流者,Amsterdam


僕達は盲目の漂流者だ、逃げ道は幾らでもある。そのボートから河へ飛び込んでも死んだりはしない。上手く行けば水に落ちずに岸辺に飛び移れるかも知れない。みすみす行き先の見えないボートに苦痛を耐えながら乗っている事は無いんだ。このボートを降りたらもう生きて行けないなんて只の思い込みなんだ。又すぐ次のボートがやって来るさ。ボートが来なければ歩いたって、泳いだって行ける。勿論、ボートを降りて岸辺の木陰で又やる気が出る迄休んでたって良い。どんなに未来が見えない辛い時でも、諦めなければ何時かは何とかなる筈。人目を気にせず心を強く持って乗り心地の悪いそのボートから降りてしまおう。

2008年6月19日木曜日

Akiba,Tokyo



ヘリコプターが何機も何機も頭上を飛び回っていた。死んだ動物の骸に集まるハゲタカの様なその様は不吉なアイコンだ。不吉に思った私は、携帯電話のニュースであの事件を知った。
あぁ、今は新宿や渋谷ではなく、銀座や青山でもなく「秋葉原」なんだと思う。
僕も秋葉原は大好きな街の一つで、亡くなった方達の無念を憶い、ご冥福を祈らずに居られない。
だが、この犯人を狂気へと引き込んで行った孤独感や疎外感は今誰の心にものしかかる物で、自殺や引きこもりや鬱を引き起こす現代の病巣なのでは無いだろうか?
僕達は利便と気軽さを手に入れた代わりに皆で病気に成ってしまうのかも知れない。

The hysterical sound of numerous helicopters was enough to foresee the shocking news of Akihabara. It seemed like watching vultures flying around their prey. Reading the slasher news on my mobile phone, I sighed , “Damn, it happened again…” It wasn’t the first time where the murder talks of complete hatred against everything about the society, and decides to kill anyone just for the sake of enmity. He just kills because he is annoyed with everything, and because he has no hope in life. I have no sympathy for those murders, but at the same time, I know that punishing them does stop these slaughter cases. Something is wrong with our society. So many young people are either killing someone or killing themselves. The first priority of our society is not about economy, it is about creating hope for people.

2008年5月17日土曜日

Self-sufficient life,Quilon


写真は、インド南部のとある村のボートを作る職人の作業である。
彼らはこの小さなボートを駆使して水郷地帯で生活している。作業は全て手作業で100年前と変わらない方法に見えた。家畜を飼い、細々とした農業を営む、せいぜい海老の養殖がこの辺りの産業だ。
こんな生活を原始的とか貧困等と一蹴する人も居るかも知れないけれど、中国の四川で起きた大地震の様な大災害が起きたらどうだろうか?
先進国の文明人を気取る僕達には何が出来るだろうか?どうやって水を確保する?井戸や河の水が有ってもそれをすくう器が無い!僕達はどうする?食べ物が無いからと、野草を料理して食べたり出来る?益してや手作りボートで河や湖を渡ったり出来る?
僕達は、近代的システムに依存しきって、人間としてはこの村のシンプルな暮らしをする人々よりも遥かに、無知で能力の低いレベルの低い存在に成ってしまったのだと思いゾッとしてしまった。

Whenever I watch the tragic disaster on the TV, I always doubt the superiority of modern technological life over the primitive. Would I be able to build a shelter, find eatable plants, fish without a fishing pole, create a boat, or make a fire??? Survival requires primitive knowledge but I feel I’ve given up all that essential techniques over purchasing “convenient” life with coins. To sooth my hysterical worries, I began to grow my own tomato and herbs.

2008年4月25日金曜日

Going My Way,Amsterdam



人の心は実のところ物やお金では埋められない。
物やお金で心が満たされるのではなく、其れによって他者から憧れられて居ると言う関係性(周辺の人々や社会全般の他者)を持って満たされているのだろう。
人から大切に思われ礼節を尽くされる事はとても嬉しい事だが、高級車やブランド物で着飾って人から憧れを持って見られていると思うのは「裸の王様」の様で恥ずかしい。
尊大だと憧れられて居ると勝手に思って満足している人もしばしば見かけるが。
でもこれはお互いに尊敬できる友人を作るより簡単な満足方法かもしれない。
だって勝手に思うだけだから・・・・・・・・物はお金で買えるし

だけど友人とは語らう事が出来る。それが人生の最高の楽しみの一つだともしみじみ思う。
その友人がどんな職業境遇でも自分の道を大切に生きている人なら尚さらだ。
相手が僕の事をどう思うかではなく、こんな人達と同じ時代に生まれて友人になれた楽しさと満足はまさにお金で買えないのだから。

2008年4月16日水曜日

Cymbidium.Tokyo


なんと言ったら良いのか、私は自分自身自認するほどの感動屋だ。暑苦しい熱血漢崩れなのかもしれない。
只、毎日の生活の中に有る感動は程度の差こそあれ誰の生活の中にも必ず有る筈で、退屈なんて事は、目の前の感動的事象に気が付いていないだけの事。

特に鮮やかな四季の有る日本は、日々自然の移ろいに感動の連続で、それを生きていく文化風習に又感動、それを守る人々の心に又感動と忙しい。
これは特別な地方の奇祭等ではなく、只通勤路のお屋敷の庭を手入れしている植木屋さんの仕事振りとか、家の近くの骨董屋の店先の生けた花とか、事務所の禿げチョロになった庭木に芽が出てきたとかその程度の事なのです。

そんな感動屋の僕は本当に毎日ウルウルと忙しいのだ。

I dislike the state of being “cool” because it’s often mistaken as being idle, here. Idleness creates nothing. It happens from “hot” emotion. I have no time to whine that nothing is happening in ordinary life. Everything is happening if you let your heart move. Every morning, I let my heart throb by looking at how the light moves around walls of my studio.

2008年4月10日木曜日

Drifting,Toredo


都会の生活や仕事に追い立てられる毎日を離れて旅に出る事それは何を意味しているのだろう。
贅沢なホテルに宿泊し、土地の名物料理に舌づつみを打つ様な旅とは無縁な私にとっての旅は、見知らぬ何処かの国の片田舎で路傍に腰を降ろして物思う様な旅のようだ。
目的も無く彷徨う事が体の疲れを癒してくれる事は殆ど無いが、全てが合理的という美名の内に進んでゆく狂気の連鎖から心を救い上げてくれるのをしみじみと感じる。
合理化・高効率化は何の為に進めるのか?それはいつまで続けるのか?

黄昏の空を静かに眺めながら静かに幸せを思う様な彷徨いの中に確かな何かが有るかも知れない。

2008年3月18日火曜日

Tomorrow,Sonoma Coast


農薬ギョウザ事件はグローバル経済化の行き着く結果、経済活動規模の極大化の果てに起きた象徴的事件だと思う。たかがギョウザだが、こんなトリッキーな生産流通方法でなければ生産出来ないほどの低価格で市場に流通している。それは消費者の為ではない、低価格も消費者の為ではない。
ここが重要な所だ。低価格は最終的に収益性を向上させる為の方法論でしかない。
つまり、農薬ギョウザ事件は、企業収益を追及した果ての結果であり、はなから僕達の方を向いていなかった話の結末なのだ。
これを加速させたのは価格競争や企業の販売戦略に丸乗りしてしまった僕らの責任でもある。環境問題や、資源価格の高騰、先進国では行き渡ってしまった感のある基本生活の近代化を考えると経済活動は低調化して行くのが当然であり、又そうでなければ成らない基本的問題である筈だが、経済界は現実を直視出来ないようだ。
僕達はどうだろうか?どん底のような不景気だが二酸化炭素の排出量が減り環境悪化を食い止めて、皆でつましく社会生活を送る覚悟は出来ただろうか?
全ては連鎖し因果と責任は誰にでも有る。
原子力は嫌、でも電気やガソリンは今まで通り使いたい、隣の人より一歩豊かに暮らしたい。危険な食品は嫌、でも安ければ安いほど良い?
どんな明日で在るべきか、もう今までの延長線に明日のイメージを求めるのは止めにしよう。

Culture shape people. People often tell me that I have two characteristics: Japanese and Western. I don’t realize too much about the two within myself, but my partner seemed to be shocked as I leave the “reserved” characteristic and wear on an “active” one as we vsited my hometown. According to my partner, I talk to strangers in abroad, whereas in Japan, I don’t. In fact, I used to talk to strangers while riding subways in Tokyo, but stopped doing that as people stare at me as if I were a stalker or a real “stranger”. I’m not sure if there are only two characteristics inside of me, even three or four…, but I sure do enjoy playing any roles.

2008年2月24日日曜日

Photographs,Tokyo



仕舞う場所が無いと言う理由で写真集や画集等を買う事を控えていたのだけれど最近又買い始めた。
理由は、絶版になった作品もオンラインで探せば手に入る事を知ったからなのだ。
インターネット上で欲しい書籍を探すうち気が付いた。
写真以外にも、好きな画家や現代美術の作家は居るのに、そう言った画集や作品集には欲しくなるようなものが殆ど無いのだ。
オリジナルの作品は好きなのだけれど、印刷物は詰まらない物に思えてしまう。
ところが、写真はオリジナルプリントも美術印刷の写真集も僕の気持ちの中では並列で、値段や希少価値を考えなければ同じように感動したり興奮したりするものなのだ。
写真は不思議だそもそも写真のオリジナルとは何の事なのだろう?
写真のオリジナルとは写っている物や人その物の事かも知れない。
写真は常に変幻自在に大きくなったり小さくなったり、プリントになったり書籍になったり。
このいい加減さ具合!だから、写真は面白い、だから、写真は止められない。のかも!

Photographs gain power over time. An image of an ordinary scene in an old town can turn into a historical archive. An image of a same old smile of mother standing in her kitchen can bring you tears filled with love as you surpass her age at that time. So, just shoot the images and don’t think of their meanings now. Photos will talk to you as they grow old.

2008年2月22日金曜日

Beautiful street,Amsterdam


東京の街では次々と建物が解体され新たな建築物が建設されていく。1980年代に立てられたビルディングさえ例外ではなく、地価高騰をしている地域では解体の対象である。ところがその解体の後に建てられる建築物が殆どの場合酷い物である。個人向けの土地有効活用商品として建設会社や不動産会社主導で建てられる建築物は利回りと言う経済効果のみ追求して、都市景観と言う共有の財産を貪り尽くしていく。新築された建物は往々にして以前其処に在った建物に比べて虚しく醜いものである。樹は切り倒され、家々のほんの隙間にさえ自動販売機が押し込まれ、自転車さえ置く場所も無い、醜いビルディングを更に醜く飾るアンテナ達、何もかもがお金と引き換えにされていく都市の景観。永い歴史を伴って育った街は壊されて、再開発と言う破壊の末に作られるのは、積み重ねる事で金を稼げる面積を脹らませただけの虚しく醜いビルディングだ。そこに街は無い、歴史も文化も無い。只、空虚な経済的活動の場だ。
僕達は長い歴史に育まれた美しい街を捨てて、そんな世界で生きていけるのだろうか?

2008年2月17日日曜日

Airship3,Yokohama


飛行船は主に広告飛行等に使用されているので、飛行しているところを見た事のある人は多いと思う。だが、飛行船基地で離着陸しているところや待機中の様子を知る人は少ない。飛行船も熱気球の様に飛行しない時は畳んで在ると思っている人さえ居るがそんな事は無い。巨大だが他の航空機に比べて極端にデリケートな飛行船は沢山のクルーによって守られ運航されている。今のNT飛行船は先進的仕組みで運航されているそうだが、以前の飛行船は離発着時、60メートル程もある機体を人手で誘導し押したり引いたりしていた。このいささか危険な作業は、ゆったりとした飛行船のイメージとは程遠く、勇ましい男の世界だ。其れを知ってしまうと飛行船の見え方が何倍も魅力的に成って来る筈だ。

2008年1月30日水曜日

勝・・・・・,倶知安


勝ち組、負け組等と言われて久しいけど。
いわゆる、「勝ち組」とはどんなんだろう?所得の高さなのかな?その「勝ち組」に入れてもらう為には幾ら所得が有れば良いのだろうか?こんな事を言っている僕は恐らく「勝ち組」では無いのだろうな。
それでその「勝ち組」に入れるとどんな楽しい事が有るのかな?

実は、勝ち組、負け組なんて、羨まれるか、羨むかの事でしょう。本当の所。誰と比べるかに因って変わってくるんじゃない?
人を羨んだり、羨まれたいと思ったり(アッ!セレブ、なんてのも有るよね)そう言うの、はしたない卑しい事だって子供の頃強く教えられた。
孤高の人は遥か遠くなってしまった今は、隣の人と比べる事ばかりで、何処を漂流しているか気にしない難破船の乗客みたいな物かも知れないな。

What I love about skiing is not only its thrill of speed but also its gift of numerous snow scenery around the world. Like surfers quenched for the perfect wave, skiers have got to search for the perfect powder snow. In the past, it has taken me to many small towns by hills, where I’d never imagined of visiting if not for slopes covered with white snow. This year, those two long strips of wood took me to Kutchan of Niseko. Worldly famous powder snow is of course memorable, but the night out into local izakaya was the best gift for me. Walking in the snow storm isn’t so bad…